
富山市内に泊まって、祭りへは列車で通う。おわら風の盆では定番の、無理のない計画に見えます。ただしこの計画には、最初から設計図が一枚入っています。帰りの時刻から逆算した旅程です。最後の列車の時刻、駐車場を閉める時間、宿へ戻る道のり——「何時までに引き上げるか」が先に決まっていて、祭りはその枠の内側で見ることになります。
ふだんの旅なら、それで何も困りません。おわらで話が変わるのは、この祭りの一番深い時間が、枠の外側に置かれているからです。
帰り道は、時刻から逆算でできている

八尾の玄関口は、JR高山本線の越中八尾駅です。まちは段丘の上に載っていて、駅と旧町のあいだには坂があります。毎年9月1日から3日、旧町一帯は車両進入禁止になるため、車で来る場合も規制の外に停めて歩くのが原則。つまり列車で通っても車で通っても、帰り道の終わりには必ず「ここまでに戻る」という時刻が付いています。
臨時の列車や駐車場、シャトルバスの運用は、年によって変わります。去年の記憶をあてにするより、出発前にその年の公式案内を確かめることを手順に組み込むほうが確実です。ここまでは、車の記事で書いた原則と同じです。
本番の側には、時刻表がない
問題は、逆算の起点になる「見たいもの」の側です。夜11時を過ぎ、ツアーバスが出て人波が引いたあとの八尾では、町の人たちの踊りが続くことがあります。誰かに見せるためではなく、自分たちのまちのために流すおわら。始まる時刻も通りも決まっておらず、始まらない夜もあります。それでも、この時間の町流しこそ本番だと考える人がいるのは確かです。
ここで旅程と祭りが正面からぶつかります。帰る時刻は決まっているのに、見たいものの時刻は決まっていない。これが「終電問題」の正体です。どの列車で帰るかという調べものの問題ではなく、旅程の構造の問題なので、乗り換え案内をいくら眺めても答えは出てきません。
それでも通うなら、決めごとは三つ
- 出発前に、その年の公式案内を確かめる——交通規制の範囲、臨時の列車や駐車場、シャトルバスの運用
- 切り上げの時刻を、まちへ入る前に決めておく——夜が更けるほど帰り道は混み、暗い坂を下りる時間も行程のうち
- 宵を主戦場にする——日の残る時間から宵にかけての演舞や町流しは、通いの旅程でも十分に味わえる
通いが悪い計画だという話ではありません。宵のおわらには宵の濃さがあります。ただ、まちが素の顔に戻る時間帯だけは、逆算の旅程の外側に残る——そのことを知ったうえで枠を引くのと、知らずに引くのとでは、当日の満足がまるで違います。
問題ごと消す解き方
もうひとつの解き方は、逆算の設計図そのものを捨てることです。歩いて帰れる距離に泊まれば、終電の時刻も駐車場の閉まる時間も、気にする理由がなくなります。深夜の通りに残り、遠くの胡弓に耳を澄まし、眠くなったら坂を歩いて戻る。深夜の記事で書いた「二つ目の時間」に立ち会える条件は、結局この一つだけです。
八尾の宿は数が多くありません。祭りの時期に泊まるつもりなら、予約の動き出しはどうしても早くなります。それでも、「どの列車で帰るか」を調べ始めた手を一度だけ止めて、問いを置き換えてみてください。歩いて帰れる場所に、泊まれないか。旅の設計は、そこから変わり始めます。