
夜の五箇山、上梨の集落。白山宮の舞殿に灯りがともり、張りつめた静けさの中で「ざっ」と乾いた音が鳴ります。108枚の桧板がしなって鳴る、ささらの音です。その一打を合図に笛と太鼓が起こり、歌が続きます。こきりこ祭りの夜は、この音から始まります。
田の歌は、風の歌より古い
富山の民謡といえば、おわら風の盆を思い浮かべる人が多いかもしれません。おわらが風を鎮める歌なら、こきりこは田の歌です。五箇山・上梨を中心に歌い継がれてきたこの歌は、日本最古の民謡といわれ、田楽の流れを汲むとされています。歌の根には、山あいの田んぼがあります。『越の下草』などの古い文献にもその名が残っており、この谷が長いあいだ同じ歌を手放さずにきたことが分かります。
ささらは108枚、竹は七寸五分

こきりこの音の主役は、二つの素朴な楽器です。ひとつは、ささら。108枚の桧板を紐で綴じた楽器で、両端を握って手首を返すと、板が端から順に打ち合い、ざらりとした一つの音になります。108——煩悩と同じ数です。祭りの夜に何度も鳴るあの音には、数の分だけ厄を落としていくような、乾いた爽快さがあります。
もうひとつが、歌と同じ名を持つ筑子(こきりこ)です。七寸五分、約23cmの竹を両手に持って打ち鳴らします。歌詞に「筑子の竹は七寸五分」とある通り、歌そのものが楽器の寸法を歌い込んでいて、歌と道具が一組のまま今日まで残ってきたことが分かります。
1502年の本殿の前で、今年も歌われる
祭りの舞台は、上梨の白山宮です。本殿は文亀2年(1502)の建立で、県内でも最古級の木造建築として国の重要文化財に指定されています。世界遺産の集落で知られる五箇山ですが、その歴史の深さは社にも刻まれています。こきりこ祭りは例年9月25日と26日、白山宮の秋季祭礼に合わせて開かれ、舞殿では神楽やこきりこ、獅子舞が奉納されます。昭和48年(1973)には「五箇山の歌と踊」として国の選択無形民俗文化財にも選ばれました。
夜が更けると総踊りが始まり、見に来たはずの観客も踊りの輪に加わることができます。500年前から建つ本殿の前で、日本でいちばん古いかもしれない歌が、今年も歌われる。こきりこは記録の中の民謡ではなく、毎年秋の夜によみがえる、現在進行形の歌なのです。