ホーム越中八尾おわら風の盆 › おわらの編笠はなぜ目元まで隠すのか

おわらの編笠はなぜ目元まで隠すのか

編笠を深く被った踊り手。顔が見えないからこそ、所作が際立つ
編笠を深く被った踊り手。顔が見えないからこそ、所作が際立つ

表情を消すという選択

おわらの踊り手は、なぜあれほど深く編笠を被るのでしょうか。目元まで隠れるほど笠を傾けるため、通りから踊り手の表情はほとんど見えません。笠の縁は目の高さまで下り、踊り手自身の視界さえ足元の近くに限られそうな深さです。ふつうの踊りなら、笑顔も視線も表現のうちのはずです。おわらはそれを、あえて手放しています。

顔が見えないと、見る側の目は行き場を探します。そして自然に、指先へ、手首へ、腰の動きへと吸い寄せられていきます。編笠の縁がつくる影の下から、すっと伸びていく指先の線。うつむき加減の首の角度まで、列の中で静かに揃っています。誰が踊っているかがわからないからこそ、踊りそのものだけが残ります。編笠は、踊り手を匿名にすることで所作を主役にする仕掛けとして働いているのです。

編笠と赤い鼻緒の草履。深く傾けて顔を隠すのがおわらの被り方とされる
編笠と赤い鼻緒の草履。深く傾けて顔を隠すのがおわらの被り方とされる

町ごとに違う、揃いの装い

いっぽうで衣装は、個人ではなく町を語ります。装いは町(支部)ごとに揃えられ、女性は揃いの浴衣に帯、男性は法被姿が基本。色や柄は町によって異なり、どの町の踊り手かは装いを見ればわかります。顔を隠して個人を消し、揃いの衣装で町を名乗る——おわらの装いは、この二つの約束でできています。

町流しをいくつか見比べると、衣装の色柄だけでなく、踊りの間合いにも町ごとの癖があることに気づきます。宵の人混みより、人の少ない時間帯のほうが、その違いはよく見えます。

装いの見え方は、時間帯でも変わります。昼の明るさの下では浴衣の色柄がよく立ち、夜になるとぼんぼりの明かりに編笠の影がいっそう濃くなって、柄は闇に沈み、白い指先だけが浮かび上がります。表情という、ふだんの主役が消えた通りで、見えないものが主役になる。編笠の答えは、そこにあります。