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富山湾鮨はなぜ生まれたか、寿司を県の看板にした仕組み

白えびの軍艦。同じ名前で頼んでも、季節が変われば皿の上は別物になる 写真: 7'o'7(CC BY-SA 3.0)
白えびの軍艦。同じ名前で頼んでも、季節が変われば皿の上は別物になる 写真: 7'o'7(CC BY-SA 3.0)

寿司のうまい県なら、ほかにもあります。それでも寿司を県ぐるみの看板に掲げたのは、富山の思い切りでした。なぜ県が、一皿の寿司をブランドにしようと考えたのか。この記事で追うのは、うまさの理由ではなく、人と仕組みの側の物語です。

一皿を、県の看板にするという発想

北陸新幹線の開業を前に、富山県は県鮨商生活衛生同業組合と手を組み、「富山湾鮨」というキャンペーンを始めました。旬の地魚を握り、シャリには県産米を使い、富山らしい汁物を添える——10貫のセットとして始まった一皿です。「天然の生け簀」と呼ばれる湾を持つ県が、その恵みをばらばらの名物としてではなく、一皿の上にまとめて見せる。初めての町でも、この名前を目印にすれば土地の寿司にたどり着ける。名前をそろえること自体が、観光の仕組みになっていました。

商標登録第5936606号、寿司が地域の財産になった

2017年5月、「富山湾鮨」は特許庁の地域団体商標に登録されました。登録番号は第5936606号。地域の名と結びついた商品を、その地域の団体の財産として守る制度です。キャンペーンの合言葉だった一皿が、ここで法律の上でも「地域の財産」になりました。

面白いのは、中身を固定しなかったことです。ネタは季節ごとに入れ替わります。春から夏はホタルイカや白えび、秋は紅ズワイガニ、冬はブリ。同じ名前を注文しても、季節が変われば皿の上は別物です。「いつ来ても同じ」ではなく、「いつ来ても、今がいちばん」。入れ替わること自体が、この看板の設計に組み込まれています。

「寿司といえば、富山」の10年計画

組合の一皿から県の10年戦略まで
組合の一皿から県の10年戦略まで

2023年、県はさらに大きな絵を描き始めます。「寿司といえば、富山」を合言葉に掲げるブランディング戦略です。10年がかりの計画で、主役は寿司単体ではありません。魚はもちろん、米、水、器、日本酒——県の食文化のまるごとを「寿司」というひと言に集約して発信する、という考え方です。寿司は目的地ではなく入口。一貫の向こうに米があり、水があり、器があり、酒がある。認知の目標を掲げて、県はこの絵を10年かけて塗っていく構えです。

カウンターに一皿が置かれたら、少し引いて眺めてみてください。組合の企てから商標へ、商標から10年戦略へ。富山では、一皿の上に県そのものがのっているのです。