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庄川峡、舟でしか行けない場所が残る渓谷

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エンジンの音が消えたあと

遊覧船が速度を落とすと、エンジンの音がふっと軽くなる瞬間があります。あとに残るのは、水が舟べりを叩く音と、山の上を渡る風の音だけ。エンジンがふたたび回りはじめるまでのあいだ、乗客はみな黙って水面を見ています。庄川峡では、深い緑色の水面が両岸の山をそのまま映し、舟はその鏡の上を滑っていきます。

この静けさには理由があります。庄川峡は、ダムによって水位が上がり、川でありながら湖のように穏やかになった渓谷です。流れの音を立てない川は、山あいの小さな音をよく通します。だから鳥の声が、あんなに遠くから届くのです。

玄関が水の上にしかない

遊覧船は、道路からは見えない渓谷の奥へと乗せていってくれます。対岸の山腹に車の道が細く見えることがありますが、その道もやがて途切れ、ここから先は舟だけの領分になります。そしてこの峡谷には、舟でしか行けない温泉宿が実在します。道路のつながらない一軒宿へは、船着き場から舟に乗って向かうほかない。玄関が水の上にしかない場所が、この時代にまだ残っているのです。

車ならどこへでも行ける、と思って暮らしている身には、この「行けなさ」が新鮮に響きます。舟の速度より速くは近づけず、着く時刻は舟が決める。移動の主導権を手放したときから、渓谷の時間が始まります。

四季で色を替える鏡

水面という鏡は、季節ごとに映すものを替えます。春は山桜と新緑、夏は濃い緑、秋は全山の紅葉が水に燃え移り、冬は雪をかぶって水墨画になります。朝は霧が立ちやすく、観光の舟が動き出す前の峡谷は、鳥の声と水音だけの世界です。舟を降りて振り返ると、いま来た水の道には跡ひとつ残っていません。

道路が届かなかったから、この静けさは手つかずで残りました。庄川峡は、不便が守った風景です。