
線引きは、どこにもない
築何年から古民家と呼べるのか。よく聞かれる問いですが、実は答えになる線引きはどこにもありません。古民家に法的な定義はなく、築年数の目安が語られることはあっても、いずれも慣例にすぎないのです。年数で決まらないとすれば、何が古民家を古民家にしているのでしょうか。
手がかりは、造りにあります。太い梁と柱を組んだ骨格、土足のまま入れる土間、襖を外せばひと続きの広間になる続き間。今の住宅からほとんど消えた構法こそが、この言葉の中身です。築年数は結果にすぎず、見るべきは家の骨格のほうです。
木を組み、その土地の気候に合わせて工夫を重ねた家は、それ自体が技術の記録でもあります。雪の深い土地では屋根の形が変わり、商いのまちでは間口の使い方が変わる。地域ごとに姿が違うのは、家がその土地への答えだったからです。
富山では、その答えの多くが雪に向けられてきました。五箇山の合掌造りは、屋根を急な勾配にして深い雪を滑り落とし、太い梁と力強い小屋組で、それでも屋根に残る雪の重みを受け止めます。広い屋根裏が養蚕の仕事場を兼ねていたことも知られています。一方、平野のまちの町家は、間口を絞って奥へ深く、商いと暮らしをひと筋の土間でつなぎました。同じ県の中でも、雪の深さとなりわいの違いが、家の形をここまで変えるのです。梁の太さひとつにも、その土地の冬の重さが写っています。
年数より確かな基準は「壊せば戻らない」こと
もうひとつの手がかりは、再現のむずかしさです。古民家の梁や柱には、いまでは手に入りにくい太い木材が使われていることが少なくありません。同じ木組みの家を現代の住宅として新たに建てることは、まれになりました。一度壊せば、同じものは二度と立たない。この「戻らなさ」こそ、築年数よりも確かな古民家の基準です。
だから、古民家に泊まる意味もはっきりしています。ガラス越しに眺めるのではなく、その骨格の中で夜を過ごし、朝を迎える。天井を見上げたときの梁の太さも、土間のひんやりした空気も、図鑑ではなく体で確かめるほかないものだからです。
定義は曖昧なままで構いません。けれど、太い梁の下で眠る一晩は、どこまでも具体的です。
