五月の夕方、平野じゅうの田が空を映す
田植えどきの夕方、砺波平野に立つと、足元から地平まで水の張られた田が続き、そのすべてが夕焼けの色を映しています。水面に浮かんでいるのは、こんもりした緑の木立に囲まれた家々。一軒ずつ屋敷林ごと、水鏡の上に島のように点在しています。散居村と呼ばれるこの風景が一年でいちばん濃くなるのは、田に水が入ってから稲が伸びるまでの、五月前後の短い数週間です。
カイニョは飾りではない
家々を囲む屋敷林は、この地方でカイニョと呼ばれます。冬に平野を吹き抜ける季節風と雪から家を守るための木立で、夏には日差しをさえぎり、かつては落ち枝が燃料に、木が家の普請に使われました。そして家がそれぞれ自分の田の中に建つのは、田のそばで暮らし、田のそばで働くという農の形の反映です。家々を寄せ集めた村ではなく、一軒ごとに田と木立を従えて散らばる村。この点在は、誰かが設計した絶景ではなく、暮らしの必要の積み重ねでできています。
山際から見下ろすと、かたちがわかる
平野の中にいると、散居村は木立の連なりにしか見えません。全体のかたちは、平野を囲む山際の展望スポットから見下ろしたとき、初めてわかります。緑の島が見渡すかぎり点々と浮かび、夕日が沈むにつれて、無数の水田が順に金色から茜色へ変わっていく。植えたばかりの細い苗はまだ水面を隠さず、風のない夕方ほど鏡は精度を上げます。日が落ちきると、こんどは家々の灯りが平野いっぱいに散らばって、地上が星空を映したようになります。
水鏡の季節は短いものです。稲が伸びれば水面は緑に覆われ、秋には金色の穂に、冬には雪原に変わります。それでも、この平野の美しさの正体は一年を通じて変わりません。暮らしの必然が、そのまま景観になったのです。